影法師

自分が読んだ本の感想を書くブログです。
優しいコメントは大歓迎です。
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10、憩い
 今はじめて 私は どんなに疲れているのかを知った

さあ横たわって憩おう 荒涼とした道の上でも さすらうことが私を元気づけて
くれたのだった

両足は 憩いなど 訊ねようともしなかった 立ち止ったのでは 寒さは
身に沁みるほどだった
背中は 何の重荷も感じなかった
嵐の勢いをかりて 私は飛ぶように歩きつづけた

とある炭焼きの狭い小屋のなかに
私は憩いの宿を見出した
しかし私の手足は休もうともしない
そんなにも熱く 手足の傷は燃えている

私の心よ お前もまた かくも激しく かくも雄々しく 戦いと嵐のなかにいるのに
今 静かに憩うとき はじめて
お前の傷の痛みがうずいて 熱くちくちくと 刺すのを感じるのだ


体と心は、バラバラになっていますね
何を焦っているのでしょうね
  

9、鬼火
 たいそう深い岩の谷間へ 鬼火が一つ私を誘い出した
どうやって 見つけたらよいのか
そんなことは 私には あまり気にならない

さ迷い歩くことに 私は鳴れているし どんな道でも 実際 目的地には
達するものだ
われわれの喜びも われわれの悩みも
すべては 鬼火の戯れなのだ

山川の干上がった河床を 
私は心しずかに 曲がりつねりつつ下りてゆく

どんな川も海に達するのだ
どんな悩みも やはり墓場に通じているのだ


ここで、漸く因縁の町を離れて旅に出てますね
路中、鬼火が、それは幻なのか、
墓場という言葉が、出ていますが、西洋でま墓場に死者の魂があると考えるのかな
8、顧みて
 たとえ 氷と雪を踏んでいても 私の足裏は 燃えるようだ
あの町の塔が もう見えなくなるまで 私は二度と 息をつこうとは思わない

私は 石という石に 突き当たりながらも 急ぎに急いで 町から立ち去っていった
からすたちは どの家からも 私の帽子の上に 雪片やあられを 投げつけた

何とお前は 以前とは違ったふうに 私を迎え入れるのだ 不実な町よ
あのときは、お前の白く輝く窓辺に雲雀とうぐいすが、競い合って歌っていたのだった

まるい菩提樹の木は 花咲き 澄んだ川の流れは 明るくざわめいていた
それに ああ あの娘の二つの瞳も燃えていたのに
だが 友よ もうお前は 破産なのだ

あの日の想いが 心のなかに よもがえるならば
もう一度 私はふりかえって見たい
一度だけ また過ぎた日へと よろめき帰って
彼女の家の前に じっと佇んでみたいものを 


この青年は、まだ彼女に未練たらたらです。
今度は、町そのものにやつ当たってます
失恋の痛みは、本当に深く深く。泥沼なのだ。
あんたの心象風景は、どこまで荒んでいるんだ、

果たして青年は、立ち直れるのか 
7.川に在りて
 そんなにも愉快そうに ざわめいていたお前 明るいたけりたぎった小川よ
何と お前は 静かになってしまったのだろう。
別れの挨拶もくれないで

硬い こちこちの樹皮のような氷で お前 身wp蔽ってしまったのだ
お前は、砂地のなかに 長々と伸びて 冷たく そして身動きもせず 横たわっている

お前の氷の蔽いの中に 私は 先の尖った石で
私の恋人の名前を彫りこんだ
それからあの時と あの日付とを彫りこんだ

それは はじめての挨拶の日付だ 私が 出かけていった あの日付だ
その名前と 数字のまわりに私は 一つの壊れた環を 描いた

わが心よ この小川のなかに お前は今自分の姿 認めないだろうか
小川が 今 蔽い氷の下でこんなにも はちきれそうに 膨れ上がっていないかどうか
認めないだろうか


この青年は、非常に未練たらしい人です。
恋人との思い出は、小川だけしか知っていないので、小川に語りかけているんですね
少しユーモラスですね
6、あふれる涙
 たくさんの涙が私の眼から 雪の中へ流れ落ちた
冷たい雪片は褐えて その熱い悲しみを吸い込んだ

草々が、芽を出そうとするころには あたりを 生温かい風が吹き
そして氷は、こなごなの塊に砕け やわらかい雪も 融けて流れるだろう

雪よ お前は 私の憧れを知っていよう 言ってくれ いったいお前の流れは
どこへ行くのだ、
ただ 私の涙にだけ ついて来てくれ
そうすれば すぐに 小川がお前を迎えてくれるだろう

小川とともに 陽気な通りを出たり 入ったりしながら
町を さすらい流れてゆくと
お前は 私の涙が 灼熱するのを感ずるだろう
その町には 私の恋人の家が あるのだ


再び涙です。
気がつくと、季節も春になり、青年の心に変化が。
自分が、連作詩で一番好きなところかも
同じシューベルトの連作歌集の「美しい水車故小屋」では、好きな色、嫌いな色と、同じ色緑が取り上げられておりまして、おりまして、そこに劇的効果があるのですが、ここの変化は、心のささいな動きの変化ですね。
春の風が、どこぞからもたらしてくれる。知らないうちに活気が蘇る。
そんなものですね。
5、菩提樹
 市門の前の泉のほとりに 一本の菩提樹の木が立っている
私はその木の木陰で いくたびも甘い夢を 夢見たものだった

私はその木の樹皮に いくつも甘い言葉を刻んだものだった
喜びにつけ 悲しみにつけ いつも私は その木に心を惹かれるものがあった

今日もまた私は夜更けて その木のそばを通らなければならなかった
通り過ぎるとき 私は暗闇のなかでも やはり眼を閉じた

すると その枝々が ざわざわと鳴って
まるで 私に こう呼びかけるかのようだった
「友よ こちらへ来るがよい ここに お前の安らぎが見つかるだろう」と

冷たい風が 真向から 私の顔目がけて吹き付けてきた
帽子が 顔から飛んでいったが 私は振り向きもしなかった

今 私は幾時間も その場所から 離れた所にいる
だがそれでも絶えず 私はざわめきの音を耳にするのだ
「お前は そこに安らぎを見出すだろう」と


連作歌曲集の「冬の旅」の中で、一番有名な詩が、この菩提樹ですね
こんな内容だったんだ、
失恋の詩なんですが、風見鶏とは、違って青年を受け入れてくれている包容力を、その大きな樹影から感じられますね。大きな大きな安らぎを青年は感じ、新たに歩き出すことができるんでしょう。
いい詩ですね
4、かじかみ
 私は雪のなかに空しく 彼女の足跡を捜し求める
彼女が私の胸によりかかって さすらった緑の野のあたり

私はその大地に口付けし、氷と雪をさし貫きたい
あの土地を見出すまで 私の熱い涙をもって

花一つ どこにみつけたらよいのだ
どこに緑の草が見つかるのだ
花々は枯れしぼみ 草原は すっかり色褪せて見える

では 私はここからは 何一つ追憶を持ち帰っては
ならないのだろうか
私の痛みが 沈黙するとき
誰が 彼女について私に語ってくれるのだろう

私の心は死んでしまったようだ
私の心の内で 彼女の像は冷たく凝固してしまった
いつか又 私の心がふたたび解けるときには
彼女の像も流れ出てくるだろう


ここもどん底
彼女の未練は断ちがたし。
しかし、少しづつ過去のものとなっているような
思い出がどんどん枯れ落ち、閉ざされていくようですね。
詩的なんですが、救いはありませんねえ
3.凍える涙
 凍えた滴が 流れおちる 私の両の頬から
いったい 私は自分が泣いたということを気がつかなかったのだろうか

ああ涙よ 私の涙よ それなのにお前は、冷たい朝霧のように固く凍って
氷になるほど 冷たいのか

だがそれでも お前は胸の泉から かく灼熱して奔り出る
まるで すべての冬の氷を 融かしてしまおうと するかのように


いきなり野垂れ死になのか。
大地に蹲っているのでしょうね
凍てつく大地に、頬からは涙。
どん底ですね。
辛いことがあると、より過酷な状況に身を置くと、多少でも癒されるのかなあ



2 風見の旗
 風が 我が美しい恋人の家の上で 風見の旗と 戯れている
それを見ると 私はもう妄念を起こして考えたものだ
この旗は 哀れな逃走者を あざ笑って ひゅうひゅう帰っているのだと

「彼は もっと早く気がつくべきだった この家に掲げられた看板に
そうすれば 彼はこの家のなかに 忠実な女の姿を求めるようとは
決してなかったことだろう」と

私は 胸の内でも 屋根と同じように 心と戯れている
ただ屋根でこのように 音高くはない
どうして この家の人々が 私の苦しみのことを訊いてくれたりするだろう
この家の娘は 金持ちの花嫁になったのだもの


第2曲では、第1曲の犬に続いて、屋根の風見鶏に、あざ笑われてます。
自意識過剰と言えばそうなんですけど、曲調が、非難じみた感じになってますね
別れた原因が、娘が金持ちに乗り換えたことが、語られています
昔も今も、金持ちが強し。
夢も希望もありませんね
秘めてぞ去らぬ
中古本で、シューベルトの冬の旅の歌曲全集を買ってきた
出版されたのは、1964年です。
綺麗な美本なんですが、今も出版されているのかな

シューベルトの冬の旅は、壮烈な失恋の詩です、
どこまで、どん底なのかは、ドイツ語の歌を聴いていると、分かりづらいです、
そこで、どこまでどん底なのか確認したくなったので、ブログを使って調べてみることにしました。

まず第一曲の「秘めてぞ去らぬ」から

よそ者としてやって来た私は、再び、よそ者として 出て立ってゆく
五月は、いくつもの花束のよって、私に優しくしてくれた
娘は、愛を語り、母は、結婚をさえも語ってくれた
しかし、今 この世はたいそう暗く、道は雪に閉ざされてしまった。

私は、わが旅のために、時期を選ぶことはできない
この暗黒の中で、自ら。わが道を示さなければならないのだ。
月影が一つ、わが道連れとして、私と一緒についてくる
そして、私は、雪に白い牧草地の上に、野獣の足跡を探し求める。

人々が、私を追い出そうとするまで、どうして、私は、これ以上長くとまって
いなければならない訳があろう
さ迷う野良犬らは、彼らの主人の家の前で吠えるがいい
愛は、さすらいを愛するのだ、
神が、そのようになし給うのだ
一つのものから、他のものへと、さすらうのだ。
やさしい恋人よ、お休みなさい。

夢の中にいるお前を、邪魔したくないのだ。
そんなことをしたら。お前の安息は失われてしまうだろう。

お前は、私の足音を聞いてはいけない。
静かに静かに扉を閉じよう
私はそうして通りすがらに、お前の扉に、お休みと書いてゆこう。
それによって、私が、お前を想っていたことを知ってくれるように

ここでは、失恋して、いきなり旅立つ場面が語られてますね
どうして失恋したの、状況から考えて自分が、ふったというよりも、ふられてますね。
娘の心変わりが原因みたいですね
よそ者の主人公は、旅立つしかないですね
マイスター制があるドイツでは、旅をして修行しながら学ぶのが、当時では普通なので、失恋がきっかけで、その土地を離れるのは、おかしいことではありませんね。
主人公が想っている以上に、娘は、想ってくれなかったのですね
当時も今も同じで、条件の良い相手が登場したのでしょうか、それとも、イケメンに横恋慕されたのか。
主人公は、犬に吠えられて去っていくのは、余りにも惨めですね。