影法師

自分が読んだ本の感想を書くブログです。
優しいコメントは大歓迎です。
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ピアニッシシモ
 梨屋アリエ     講談社文庫


自分は、適当に本を選んで読むのですが、何となく面白そうなんじゃないかしらというのが、判断基準なんですが、この本は、スラスラ読めましたし、考えさせられるところもあり有益な時間を過ごせたと思うのですが、

何で、そうなるのかなあ。というのが、読後の感想です。

大人たちが、思っている以上に、少女たちは、自分を過大視もしないし、独自の価値観で生きている、
ですが、親たちが、作り上げた価値観に、引きづられる、上流の金持ちでも、ど庶民でも、それは変わらない。
他人が、素晴らしいと思える環境をもってしても、それで満足しないし、ダメ男に騙される。
もう一人の主人公の、庶民の方の松葉は、地道ですが、破天荒にはなれないのですが、紗英との交流で、自分を変えるチャンスを得る。
どういう風に変わっていくのかは、未定なんですが、着実に生きていけそうと思わせるのは、微笑ましいです。

それにしても、最近の大人は、子供と変わらないですね
人間的に成熟する道を歩んでいないみたいです
ひな菊の人生
吉本ばなな  〔イラスト〕奈良美智  幻冬舎文庫


奈良さんのイラストが目に付いたので、読んでみました
吉本ばななさんの本であるのだと、購入後知った
文庫でえらい安い画集をだしているのだと思ったのですが、吉本さんの本がメインですよね

実にお得な本だと、いたく感心

内容は、暗い悲痛な話ではありますけど、主人公の女性が、強い心を持っているので、全然たいしたような気はしません
本当に不幸な人というのは、淡々と日常を生きているもので、あまりきゃぴきゃぴしていないものでねえ。

分かる人に通じればええ、ブラジルに行ってしまった。かっての友、もしかしたら友じゃなく、幼馴染に過ぎないのか、とよく似た人生を淡々と送り、その死も悟る。
そこに深い意味があるはずなんですけど、別に探ることもせず、そのまま放置。
やきそばを焼くその焼き具合だけに注視して送り、気になる男性との距離も、近づきもせず、遠ざかりもせず、なんやねんですねえ

でも、こういう風に淡々と日常を送ることに、共感はしますよね
感情を波立たせ、いらいらしながら送る人生というのは、考えてみるとツマラナイものですもんね
桐島、部活やめるってよ
  朝井リョウ       集英社文庫 


話題の小説を読んでみた

これは、凄いですねえ
本当に凄い。何が凄いのかを伝えるのは、中年のおっさんには難しいのですが、ティーンの間では自明なものなのかも知れないですね
自分たちの中高生の時も、教室内格差は、確かにあったし、いけてる生徒は、それなりの奴とくるんでいた。けど、中学から高校へ行くとき、高校から更に進学、就職していく時に、ばらけていった。
つまるところ、上へ進むプレッシャーが、昔の方が強かったような気がする。
それなりに、学生生活を謳歌している奴は、そこで進学等を諦めてしまったと言える

それは、昔の方が、受験戦争が厳しかったからなのだろうか。
少なくとも、昔は、推薦枠などというものは、少ないし、大学数も少なく、生徒は多かった。受験にかけている学生は多かったとも言えそうです。

それと、昔の運動部の部活は、お馬鹿だったとも言えそうです。
先輩に絶対服従、規則にがんじがらめであったとも言えるかも

この小説の、桐島くんは、題名になっているけど、全然活躍していないのも面白いですね
一人のいけている場にある生徒が、そうでない存在になった時に及ぼす他の生徒への影響を描いています
教室内にはっきりした格差が存在し、その線を踏み越えないように送る。
そこまで過敏に過ごしても、それはその学生生活の場だけでしか有効でありえないという自覚が少ない。
その場のみを謳歌することだけが、重要なことなのか

かりそめの時を生きる、それが青春なのだともいえるのだけど、小説内の登場人物たちが輝いているように思えたのは確か、

一杯CDを買いました
 今夏初めて、ウォークマンを買いました
カセットのそれではなく、MP再生できる機器としてのそれです

家にあるCDを懸命に取り込む作業を行っているのですが、クラシック音楽は、容量が大きすぎて何を入れるのかで、悩んでしまってます

マーラーの交響曲なんて、今年になって衝動買いをしてしまっておりまして、第五交響曲のものは、10種類を超えてしまいました
クラシックファン以外の人には、よく分からないことだと思うのですが、同じ曲を演者を変えて、何種類も集めるのは、どうしてなのか、
同じ指揮者のものでも、オーケストラ、年代が違えば、欲しくなるのは、どういうことなのか
何やってんだとなるのですが、欲しくなるのは仕方ありません

マーラーに関して言えば、有名評論家の中には、バーンスタイン、ワルターしか認めていない人がいまして、それだけあればいいのだみたいな発信をそてまして、それに対する反発もありまして、いろいろややこしいことになってます

バーンスタインのマーラーは、デーモニシュ的というか、荒れ狂うマーラーです
一つの極北なんですが、名演には違いありませんし、これに慣れれば、他は認めがたいと言えるかも知れません

自分としては、いろいろ聞いてみるしかないし、どの演奏もそれぞれ魅力があって良いものなのだというしかないですね

自分は、最近マーラーの交響曲を聴いて感じることは、人と同じで、どんなものも、長所はあっても、欠点は無いように思うべきなのではないかということです、
欠点や短所は、個性と考えて、チャーミングまのと考えると良いのではないかと

バーンスタインみたいな演奏は、行動力がありぐいぐい人を引っ張ってくれるが、感情の起伏が激しく、取り付く暇が余り無い人に例えられるかも、
用事は、そういう人とい組むと方づくけど、疲れますわね
でも、そういう疲れさせるのは、その人の欠点であるというより、個性であると思った方が良いですよね

自分の好きなマゼール盤は、表現が少し過多な人言えるかも知れません。
上手く纏めるのではなく、考えさせる部分はそれなりに残し、少しアンバランス。
マーラーの第五では、途中の幻想の楽園を表現しているところでは、少しシニカルになっており、そこが、良いと自分は、思ってます。
綺麗な場面、効果的な印象を持つところで、少し過多に表現すると、そこに日本的情緒では、有心があるのではと思ってます
本当に信頼ある人というのは、少しシニカルな人なのではないかしら

シノポリ盤は、ちゃんと整理しないとダメなのじゃないの
表現しっ放しで、どう纏めるの、これで良いのと思わせます
マーラーの曲というのは、伝統的な交響曲と違って、それぞれの楽章が、有機的に結びついている訳ではないので、それぞれを大きく表現すると、纏まりがなくなってしまう所があるのかも
この世は、混沌としており、それも、この世の真なのかも

自分の好きなレヴァイン盤は、思い切り鳴り元気です。マーラーの曲であっても生気がなければダメですよね
でも、楽園は、そんなにキンキン鳴っている所では、居ずらいですよね
パチンコ屋のキンキン鳴るところに心の安らぎを得る人もいるのですから、それもありなのかも

演奏を擬人化すると、その違いが分かり易くなるような気がします
短所などというものは、個性に過ぎなく思えたりもしますが、どうでしょう

クラシック以外もウォークマンにいろいろ入れようと今研究してます
ビートルズや、米良美一さんなども入れたりしてますし、最近何が流行しているのか知らないので、モーニング娘の曲なども入れていたりします
AKBとかももクロは、おじさんには、敷居が高いので敬遠。
中森明菜、山口百恵、松田聖子。フランク永井、越路吹雪も入りました
モンゴル800とか尾崎豊も入りました
クィーンやアバも入りました

自分的な選曲は、めちゃくちゃなんですが、それも個性なのだと、自分は思ってます
延岡学園残念でした
 宮崎県民としては、是非延岡学園に優勝してもらいたかったのですが、残念でしたね
相手の前橋育英の方が、強かったと言えばそれまでしたが、返す返す残念です
宮崎県のチームが、甲子園で優勝できるチャンスは、めったにありませんしね

延岡学園は、宮崎県大会の決勝で、大接戦を演じておりまして、その時得た勢いで、勝ち進んだ気がします

今大会は、カット打法、サイン盗みとかも取り出されましたし、少し残念な雰囲気があったのですが、決勝戦は、正々堂々戦われ、高校生らしい清清しかったですね
勝ち負けだけを取り出しては、ダメということなのかしら

奇しくも、イチロー選手の4千本安打に、全国的話題は、攫われましたが、宮崎県では、今は、延岡学園の話題で持ちきりみたいです
網走番外地
 数日前に、BSなんとかで放送していた番組を見てみた。

網走番外地というのは、以前より気になっていた映画なんですが、わざわざレンタルしてまで見るのも躊躇われるので、ずっと未見でした
NHKでは、放送されないような内容のものなので、なかなか見る機会はありませんでした
BSなんとかで、放送していたのも、ニッチを狙ってのことなんでしょうけど、どの層向けに発信しているのかは、分かりずらいものです

やっぱり健さん人気を当て込んでなんでしょうか、
ですが、ここでの健さんは、少しお馬鹿な青年で、不幸な生い立ちもあるのですが、家族思いであり、やくざになっても、道を決定的に踏み外していないし、仲間内で、ええ格好しいと見られるのも良しとしてない、骨のある、所謂、見所の多い青年です
高度成長には、こういう見所多き青年が、日本には、多くいたのだろうと想像できるのですが、それは、そういう時代だったと言ってしまえば済む話なのかも

この映画は、日本映画がまだ十分力のあった時代に作られたものだと思えるのは、囚人が逃走した時の探索をするために、黒板に地図と状況を図解したものが描かれてましたけど、そういうところに手抜きはなく、力に入った絵が描かれてました。
低予算映画だって、手抜きはしない。少し前の日本人の気概が、そういうところに出ていたと思いました。

この映画の続きも気になるところですが、別に見なくても良いような気もします。
それにしても、健さんは、魅力的な男性です
アイアンシェフ 料理W杯
 3.4日前に宮崎で深夜に放送していた番組を録画していたのを見た
見逃すところでした

このことについて、何か書く必要性は余り感じないのですが、気になったことが少しあったので、書いておきますね

内容は、日米頂上対j決。日本料理の世界での位相が、どうなっているのかを考えさせられる、実にハイセンスなものでした。ですが、ハイセンスというのは、テレビ的には、日本では、逆説的に言えばダメと言える状況でもあるので、多くの人には、受け入れられないかも知れません

自分としては、この対決は、日本でしたから日本チームが勝つことができたが、日本以外の国で行われた場合では、ほととんど全てで、アメリカチームが勝ったように思われた。

テーマ食材は、牛肉。
牛肉をどう料理するのか、シンプルに焼いて、それにソースをかけ、つけ合わせを何にするかのみの違いしかないような料理ばかり、個人戦の3つと団体戦、4回もだしてきたアメリカチーム。
対して、単純に焼くのではなく、ぬちゃという感じの濡れた感じの料理も出し、バリエーション豊かな料理を提示した日本チーム。
両国の料理の世界観がぶつかり合った、実に興味深い対決でした

アメリカチームは、最初から、鰹節、昆布だしを使い、和食の技を大いに取り入れてました、それは、和食とは、何ぞやという、深いところへも到達しそうなくらい見事な取り入れ方。
今、世界では、こんな風に、日常的のは、世界トップのレストランでも、和食が受け入れられている事実は、衝撃的でした
前回の料理の鉄人が放送していた時代と、様変わりして、もはや、日本は、エスニックで物珍しいものではなくなってしまっている事実
その変わってしまった時代に、現代のアイアンシェフは、日本の食の最前線では、どういう対応するするのか。

その見事な答えとして、第二戦の和食の黒木さんが作った料理があるように思えた
味噌汁の中に牛肉を入れた、
かなりな邪道なものだと思えるのですが、それを可能にするには、黒木さんの細心の注意と料理の技があってのこと、
ただし、これは、受け入れられるものなのか
審査員にかなりの和食に対する洞察を必要とする料理であって、ここまでしてもついてこれる人は、日本国内以外では、まだそれほど多くは無いと思われる。
しかし、あえてこういうものを作れることに、自分は素直に感動した。

勝敗は、黒木さんが辛勝し、かろうじて日本チームが勝った。

世界が、物凄い勢いで、日本の技を取り入れている現実では、日本自身もより、チャレンジしていかないと、取り残されてしまうのだということ。
そういうことを、娯楽番組で提示できているのは、素晴らしいことだと思ったけど、これを見る人は、そんなに多くはないとも思った