影法師

自分が読んだ本の感想を書くブログです。
優しいコメントは大歓迎です。
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9万ヒット有り難うございます
 先ほど記事を書いて、確認してみると9万ヒットしていた。
訪問された方感謝します。

ついに9万ヒットか、近づいてきましたね10万ヒット。
Xデーは、いつになるのでしょうか。
4年もやって9万ヒットなんですから、おそらく半年後くらい先に達成できるのじゃないかしら。
そこまで何とかブログを続けたい。

時代はブログからツィスターへ移行しているのだから、これからどんどんブログから人は離れていくきそうなんですけどね。
逆風が吹いていますね。
ならば、本年中に達成できるのか。
どうなんでしょうね。

話は変わりますけど、五輪も明日で終わり。
いろいろトラブルが多い五輪でしたね。スピードスケートのリンクを製氷する機械が壊れたり、雪が降らなかったり、危険なコースがあったり、選手がどんどん棄権になる競技があったり。
そして、不透明なフィギュアの採点。

それでも、日本の選手はけっこう頑張りましたね。
過大な期待をマスコミ連は吹聴していましたが、日本選手たちは、現状では最善の努力をしたと言えそうです。
後は、国が、選手をどうバックアップしていけるかなんですけど、逆に事業仕分けされそうな競技もありましたね。
個人的には、ボブスレーの日本チームの橇が傑作だと思いました。きりりとした和風美人。
外人にもバカ受けでしたし、良い意味で日本をアピールできたのじゃないでしょうか。
競技がダメでも、こういう側面で目立てばいいのじゃないかしら。
いろいろありましたが、楽しませて頂きました。
密封 奥右筆秘帳
 密封 奥右筆秘帳   上田秀人   講談社文庫


巷で高名というか、書店で平積みもされている上田先生の本を読んでみた。
題名からしては、自分的には全然食指が動くものではないのですが、読書の範囲を広げてみようという気持ちもあって購入してみた。

これは大当たりでした。

自分は世界史選択ですし、日本史の知識も怪しいものですし、ましたや江戸時代の将軍家斉の時代なんて、「眠狂四郎」とか、松本清張の小説くらいしか知らない者です。
そうした江戸時代の知識が希薄な者にも、分かり難い箇所では、懇切にページを割いて説明してくれます。
これを読めば受験にも役立つかも。

家斉時代の初期、未だ松平定信とかが活躍していた時代が舞台で、定信も重要な役割を与えられています。
将軍家斉は、聡明な人物として描かれており、晩年の爛れた感じとは違う感じになっています。この後に幕政に対して距離を置き、快楽のみを求めるような怪物へなっていく萌芽は、描かれているのかな。
やはり、この小説でも黒幕は、一橋治済。家斉の実父です。
奥右筆である併右衛門が、頭巾をした治済に会っても、その人物を特定できないのは、どうしてだったのかしら。
あれだけ幕藩体制の機微に通じている人物として描かれているのにね。
しかし、そこでさっさっとと併右衛門が黒幕が誰かを分かったら、話は進まないからなんでしょう。
自分は、清張の小説を読んでいるから、悪いのはやはり治済と思ってしまうからいけないのかしら。

しかし、この小説で描かれている武士たちは、まだまだ侮れない存在で、骨のある存在として描かれています。
特に主人公の併右衛門の隣家の次男坊、既に厄介叔父になっている衛悟は、なかなか良い奴ですね。
発展途上なんだけど、武士の矜持があります。それを言ったら併右衛門もあるんですけどね。
清張の「無宿人別帳」とは、やはり違った世界がそこにありますね。
そういう比較ができるのも、時代小説を読む醍醐味なのかしら。
ただし、「無宿人別帳」で、さんざん人間の卑しい側面を描いたものも、読後は爽快に思ったりもしたりもするんですね。
どうせ、わしらは人間なんぞとね。

併右衛門には一人娘の瑞紀がいるんですね。衛悟とは幼馴染み。
併右衛門は、自分の役職が見入りのよい役であるし、才色兼備の瑞紀を衛悟に嫁に出すのはもったいないと考えているし、より良縁を願っている親バカです。
衛悟も、身の程をわきまえています。今流行りの草食系男子なんでしょうか。それを言ってしまえば当時の武士はほとんど草食系男子ですね。
衛悟の危難には、瑞紀は体を張って駆けつけてくれます。
そういう場面は、眩しくて、ついつい、にやにやが止まらなくなってしまいますね。
そういう場面は、自分的には、ど真ん中ポイントであって、読み進めなくていけないと決定してしまいました。

読後、ついつい踊ってしまいました。

男子カーリング カナダ対ノルウェー戦について
 カナダ対ノルウェー戦は接戦でしたが、地元のカナダが勝ちました。
カナダでは盛りあがっているでしょう。

カーリングは試合そのものも面白いのですけど、選手たちの喜怒哀楽を見るのも楽しいですね。
「モリス、止めろ」
という声が会場に届いたとき、会場は爆笑していました。

ノルウェーのスキップのウスルス選手はイケメンでした。
渋いのですけど、なかなか良い男ですね。
主婦連はテレビに釘付けになったのじゃないでしょうか。
対して、カナダのスキップのマーティン選手は、田舎の役場の窓口にいそうな雰囲気のおじさんでした。
見た目では、ノルウェーだったのでしょうかね。
カナダのサードのモリス選手もなかなかのイケメンだったので、そうじゃなかったのか。

そのモリス選手の前半の神がかり的ショットが勝ちに大きく貢献したようでした。
ほぼ平行な石をダブルテイクアウトしていました。
そんなことできるのか。と思いました。

これで五輪のカーリングは終わり
解説の小林の微に入った説明は聞けなくなるのは寂しいですね。

総じてカーリング選手は、女子は可愛い選手が多かったような気がしますし、男子にもイケメンがけっこういたような気がします。
カーリングをすると、見た目が美しく見えるようになるのかしら
フィギュアの話題はアクセス数が多いですね
 今回の五輪では、個人的にフィギュアスケートについて関心が高かったので、言いたいことが沢山あるんですね。
愚痴ぽくもなっておりますがね。

それで、けっこうアクセスも頂くと、頑張ってもっと書かなくてはいけないと思ったりします

自分の考えとしては、男子も女子も、今回の結果は、しかるべきもので、受け容れざる得ないと思います。
世間で言われている不正によってライザチェック選手もキム・ヨナ選手も金メダルを得たものではないと強調できます。

ただし、ここまで難度の高い技を蔑ろに評価して、技への繋ぎとか、芸術点により、勝敗を分けるという採点基準では、フィギュアスケートとは違った種目になってしまっているのではないかという疑問はあります。

カナダで五輪が行われるのは分かっていたし、カナダ選手に有利なように採点されるだろうとは、事前に分かっていた訳であり、その採点基準がどういうものかも、各国のコーチ、選手には分かっていた。
そこのところは、公平であったと思いです。

カナダ人のコーチを受け容れ、難度の高い技を避けるようなプログラムを組むという選択肢があったはずなんです。
ただし、浅田選手も日本の協会もそういう選択はしなかった。

まさか、そこまでの嵩上げをするか。

という驚きは、五輪本番、男子のマイケル・チャン選手のフリーでの点数を見たとき思った。
個人的には、事前の予想は、女子ではロシェット選手とキム・ヨナ選手の一騎打ちになると思っていたので、浅田選手のショートのプログラムの頑張りには感動した。
自分は、キム・ヨナ選手の演技は素晴らしいとは思ったが、その点数には絶句した。
それはありえないだろうと。
浅田選手は、それでもフリーでも果敢に挑戦し、無理なプログラムでの挑戦でのミスもあり、敗北した。

その後のロシェット選手の演技では、ミスはあったが、浅田選手とは、それほどの点数の差はなかった。
やはり、という思いと、不可解さを残して。競技を見終えた。

他、安藤選手の点数も不当に低くかんじたし、鈴木選手も。キム・ヨナ選手の技への配点との比較なら、もっと点数が与えられてしかるべき。
レセプト選手のもおかしい、長洲選手の点数も低かったのでは。
整合性が取られない配点だったとは言えますわね。

ただ、今回の五輪でのフィギュアは、カナダ人であるか、カナダ人のコーチをつけるか、今回の採点基準に沿った演技に終始することが一番重要であったということなんでしょう。
それは、過去に清国が行った三跪九拝みたいなものなのかも知れないですね。
三跪九拝は外交問題にもなったし、後にアヘン戦争へ繋がる転落への契機にもなったのだとも思う。

メダルを真に欲しかったのなら、そこまで跪かなければいけないのか。
それはプライドの問題なのかも知れない。

今回は、こういう採点基準でこういうところで行われたものなんだし、諦めて、次回に仕切り直しした方が、前向きだと思いますわね。
トリプルアクセス跳んで破れて悔いなし、4回転に挑戦して破れて悔いなし。
それでいいのじゃないでしょうか。
フィギュアスケートでの採点が不可解だったことについて
女子フィギュアの競技後、キム・ヨナ選手の点数が高すぎるとの声をよく聞きますね
新採点基準が不可解だったとは言えます。

その不可解さは、グランプリシリーズの当初からあったし、昨年の世界選手権でも、どこかおかしいなあというものもあった。
日本人は、というより20年くらい前のフィギュアスケートを覚えている層には、「またか。」という気にもなるんですけどね。
いくら高難度のジャンプを跳んでも勝てないのですよ。
芸術点の点数で勝負が決まる世界なんだと。

曲のい繋ぎ重視の姿勢がはっきりした一年以上前に、今度の五輪は、ジャンプよりもスケーティング重視へと展開するべきだったのですね。
その流れに乗り遅れたというのが、浅田選手が金メダルを取れなかった原因なんですね。

しかし釈然としないものが残り、テレビ等でもそういうことを指摘することが少ないのは、20年前と同じでしょうね。

曲の流れ重視、芸術点が勝負を分けるというのなら、フィギュアスケートは競技とは言えないのかも知れないですね。
クラシックバレーでも見た方が、いいのかも知れないです。

どうして、こういうことになるのか。
と問われれば、昔芸術点で、かさ上げされた人たちが、フィギュア協会の上層部にいて、高難度ジャンプで決まると風潮に、面白く思わない人が多いのでしょう。
それと、カナダの地元選手を、なんとか勝たせる採点基準になったということなんでしょう。

過去何度採点方法の見直しが行われた訳で、今回の五輪後も大きな手直しは行われるはずなんでしょうけど、
選手が一生のうち一度あるかないかの大切な大会に、これだけ恣意的な採点基準の揺らぎがあるのは、選手は可哀想であると言えますね。

五輪って、名誉も金も伴うものだから、どうしても汚いものがそこにあると言えそうです。
ですけど、特に北米で行われた大会に大きな問題があるような気がします。
日本勢にとっても、夏季大会でも、アメリカ以外で行われた方が、良い成績を残したような気がします。
こういうのは、アメリカが盛んに喧伝していた市場原理主義とかの胡散臭さと通じるものも感じますわね。

釈然としない気持ちと、日本選手の不甲斐なさの失望と入り交じった気持ちをもって、今回の五輪も終わりそうです。
GENEZ-3 ジーンズ
GENEZ-3 ジーンズ     深見真    冨士見ファンタジア文庫


この巻で、敵が増えてしまいましたね。
悪い奴が一杯。
世界は悪に満ちているということなんですね。

自分としては、この巻は、前巻ほど面白くなかったです。
七湖さんの登場場面が少なかったからなのかしら。
新しくユキナさんの妹弟子の佐鳥ちゃんが出てきました。
やはり海神学園に通うことになるのでしょうか。

この物語は、いろいろ伏線があるし、まだ重要人物が出てくるようなので、大河小説になりそうです。
自分としては、これからも追っていきです。
でも、深見先生の本では、「ヤングガンカルナバル」とか「疾走する思春期パラベラム」とかの行方も気になりますね。
頑張っってどんどん書いてもらいたいものです。

・ 真実だけが人を幸福するとは限らないんだ。

自分は、修羅場でこういう言葉を言いたいものですね


・ 命令されたやったことは、責任を感じなくていい

この物語が深みがあるのは、世の中には、どうしようもないことが多いことを素直に認めていることなんですね。
だからと言って、そういうものを容認するのか。
それを主人公たちが問い続けていることですね。
女子カーリング決勝 カナダ対スェーデン戦を観た
 最後のカナダのスキップのバーナードのショットがミス。
可哀想ですね。
9割方勝っていたのに

第9エンド。第10エンドのスェーデンのスキップのノルベリ選手の心意気に感動した。
第10エンドでは、ほぼ負けの状況で苦し紛れとも取られない、ドローショットを決め相手のミスを誘った。
この辺の往生際の悪さが堪りませんわね。
潔いだけが格好が良い訳ではない。
おばさんパワーを舐めんなよ

カーリング面白さが、お互いともミスショットがあるということですね。
前半有利だったスウェーデンが、追いつめられたのはノルベリ選手のミスが原因なんですからね。
最後は、相手のミスによって勝ちを得た訳なんですけど、会心のショットで勝利という以外に、爽快な勝ち方を見られるのは、この競技の醍醐味ですね。

スポーツって、失敗がつきもので、日本人が過度に、選手のミスを責めるのは良くないことだとあらためて思った。
男子の決勝の中継はしないのかしら。
本当に面白いですね、カーリング。
五輪で外国のカーリングとかアイスホッケーの試合を余り放送しないなあ
 日本の放送局は、日本人が出る種目を重点的に放送していますね。
当たり前とは言えますけど、日本人が入賞がやっとの競技を放送しても仕方ないと自分は思ってしまいますわね。

スポーツをいろいろ楽しめる方の人間ですが、クロスゲームとかは、自分としては全然面白く感じません。
総じて、五輪の新種目というものは、苦手です。
そういう競技でも、日本人が上位にくるのであれば良いのですが、日本人選手が予選落ちとかだったら、あえて放送せんでも良いと思ったりします。
そもそも日本人選手は出ないで欲しいです。
出ない方が、純粋の世界のトップの試合を観られますしね

あれだけ日本のカーリングの試合を放送したのに、他国同士の試合を放送しないのも納得し難いですね。準決勝、決勝と進むにつれ、より高度な戦いが行われるはずなんだから、放送をして欲しいものだ。
男子の試合も中継して欲しい。

アイスホッケーは、プロ同士の戦いで、冬季五輪の華とも言える競技なんですけど、ほとんど放送してません。
冬季五輪の新競技よりも、アイスホッケーの方が、はるかに面白いものだと思うのだけどねえ
日本選手の活躍なんて、ほどほどなんだから、世界的に人気競技に絞ってし放送してもらいたいなあ。

総じて今回の冬季五輪は、日本国内では盛りあがっていないようですね。(自分個人は、楽しんでいるんですけどね)
その理由は、日本人選手の不振もありますが、ソルトレークでもトリノでも日本選手団は惨敗と言える結果だったのだから、今回だけじゃありませんね。
五輪の時だけ思いだしたように応援しても、元々ダメだったんだから仕方ないと言われればそうなんでしょうけど、寂しいものはありますわね。
放送局は、大挙して押しかけているのも、空しいものを感じます。

日本が、スポーツ選手をバックアップする体制になっていないのに、いろんな競技に選手を派遣しているからなんでしょうけど、色々疑問に思うことがあります。

石原知事などは、国を背負って戦わないからだとか言っているけど、自分はそういう問題ではないと思いますわね。

つまるところアスリートと言われる人材の配分の問題だと思います。
運動神経のある人間なんて、ごく一部で、そういうごく一部の人材を各競技が取り合いをしている訳で、冬季五輪に、そういう人材が入って来ないということが問題なんでしょう。
そういう人材は、選抜される存在であって、自分がやりたいから、選ばれるものではないということなんでしょう。
凡人はいくら努力しても報いられない。
そういってしまえば身も蓋もありませんがね。

今回の五輪の日本人選手の活躍は、凡人の悪戦苦戦を表しているようなものにしか思えないんですね。
全日本人選手の中で、一番の好成績の銀メダルのフィギュアスケートの浅田選手が、悔し涙をしたというのは象徴的です。
世界と互する実力を持つ浅田選手は、多くの日本人選手と違うオーラがあります。天才のみが持つ世界を持っています。
だからこそ、日本中をあれだけ魅了しているのでしょう。

日本に天才が少ないのならば、世界の天才を、もっとテレビで映した方が、面白いのは当たり前。
日本人が予選落ちとか、下位に低迷する競技を映しても、国体中継と変わらない退屈さだけが、そこにあるだけですね
日本人は、余りにも退屈さに飼い慣らされてしまって、スポーツとは退屈なものだと、誤解してしまっているのが現状なんだとも思いますわね。
日常が退屈だから、もっとワクワクしたいから、スポーツの世界を見ているのにね。
我が家のアカシアの木を撮ってみた


我が家のアカシアの木を写してみた。
オリンピックで、右往左往していたので、少し安らぎを与えてくれるものを写したくなった。

宮崎でも、山間地なので、ようやく花をつけてくれました。
暖かくなりましたね 
 
キム・ヨナ選手が金メダル。浅田選手は銀メダルでした
 キム・ヨナ選手のフリーの得点は驚愕の点数でした。
文句のつけようのない素晴らしい演技でした。
ただし、点が出過ぎですね。
次回の五輪は、反動があるかも知れないですね。

浅田選手は、少しミスがありましたが、チャレンジしてのミスですから悔いはないでしょう。
今シーズン当初は、勝負にもなっていない状態から、ここまではい上がってきたのは立派でした。
次回の五輪頑張ってもらいたいものです。

安藤選手も素晴らしかったのですが、思いの外点数は出なかったですね。
そこのところは疑問に思いました。

鈴木選手も見事だったですけど、最終エントリーのメンバーの前だったので、目立たなかったのは残念でした。

自分としては、フラット選手の演技が好きでしたね。
若々しくて良かった思いました。曲目はラフマニノフの「パガニーニの主題による変奏曲」。この曲は自分は好きなんです。浅田選手は、同じラフマニノフならこの曲で演技して欲しかった。

日本全国嬉しさと失望感が入り交じった感じですね。
自分も見ていて疲れた。