影法師

自分が読んだ本の感想を書くブログです。
優しいコメントは大歓迎です。
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ゼロの使い魔 10
ゼロの使い魔 10  ヤマグチノボル  MF文庫

前々から読もうと思っていたゼロの使い魔を、10冊一気読みした。
少しずづ読んでいこうと思っったんだけど、読み始めたら加速がついてしまって、本編を全部読んじゃったね。

ここでは、全体の感想と10巻の感想を少し書いてみようかな

全体としては、物凄く贅沢な物語ということに尽きるかな。
ボーイミーツガールの話であり、ビルディングスロマンでもあり、冒険ものでもあり、戦記でもあり、ファンタジーでもある上に、メイドものでもあるのだからね。

特筆すべきは、ヤマグチ先生の語りの上手さが、それらの要素を絶妙に裁いている。
さすが人気作だけあるわね。

でも正直なところ、サイトとルイズのラブコメを描きたいが為に、冒険があるのか、冒険のつまみとしてラブコメがあるのかというと、やはりラブコメがしたいから物話があるというものなんだろうね。

世間では、ルイズのツンデレぶりが人気あるようだけど、自分はこれがツンデレというものなのかとこの本で分かった気がする。(本当かな)
田舎のおっさんなんだから仕方ないわね。

この10巻では、
タバサの救出に向かうルイズたち一向の話だったね。

ここで氷りのようだったタバサの心が氷解したところがみどころだったかもね。

自分としてはシルフィードが可愛くて良かったと思うね

まだまだこの後も話は続きそうで、楽しみだわね
のだめカンタービレ 17
のだめカンタービレ 17  二ノ宮知子  講談社

のだめも17巻。
よく続いているよね。まだまだ続いていくみたいだ

この巻では、千秋のお父さんが登場。マルレーオケの定期演奏中に突然やって来て、千秋はその姿を見て一時的に調子を狂わす。その後不調な日々を送り、のだめちゃんともすれ違いの日々を描いたというのが内容なのかな

大して話は進んでいないわね、ただ最後のページで気になる言葉があって次巻へ続くというのは、相変わらず繋ぎが上手いということなのかな

このマンガが上手いし、面白いと思うところは、曲の紹介、ここではチャイコフスキーの幻想序曲の説明で次々と襲いかかる悲劇というところで、演奏会に遅刻したのだめちゃんが地下鉄の階段で転んでいる場面が出てくるところなんか傑作、この変な繋がりをするのがこのマンガの面白さの一つなんだろうね。

千秋とのだめちゃん、二人はお互いを大切に思っているのだろうけど、時々お互いの存在を忘れても平気。不思議なカップルでもある。
そして、それぞれの目標に向かって苦闘する日々。
青春の輝かしい日々というところかな

ここで、このマンガと直接関係ない話をするけど、
演奏会で取り上げられるプログラムは、ちょっと独特と自分は思うんだよね。
千秋のお父さんの雅之さんの演奏会で取り上げられたのは、
バッハ「パルティータ第2番」
ベートーヴェン「ピアノソナタ第32番」
ブラームス「ピアノ小曲集」
3Bの作品。特にベートーヴェンとブラームスは最晩年の作品。
こんなハードな曲目の演奏って、どうなのかな
弾く方も大変かも知れないけど、聴く方も大変じゃないのかな

それと、千秋が演奏会で指揮して、父親の登場で調子を狂わしたところでの曲目が、
ベートーヴェンの「交響曲第4番」
この曲は、ベートーヴェンの交響曲の中でも地味な曲なんだけど、クラシックファンの中では、有名な演奏があるんだね。
それは、カルロス・クライバーが指揮したものなんだけど、そしてクライバーには有名な父親がいるんだね、その父親も有名な指揮者エーリヒ・クライバー。
二ノ宮先生はわざと謎かけしたんじゃないかと、自分は思ったりしたんだけど、どうだろうね。
大奥 2(マンガ)
大奥 2  よしながふみ   白泉社

本屋さんで2巻を見つけたので買って読んでみた。
ちょっと前に出ていたみたい。

この巻では、前巻では徳川吉宗の時代だったが、こちらは三代将軍家光の時代。
謎の病気赤面疱瘡が流行しだした頃の話。
丁度男女の役割が逆転しだしたところのことについて書かれているね。
期せずして将軍になってしまった本当の家光の隠し子の女の子と江戸に下ってきた高僧の有功の二人が結ばれるところまでが、この巻での話だね。

このマンガは設定がとんでもないわね、
男が減ってしまい、女に仕える男たち。大奥は男たちのすみかという。テレビの大奥なんかのパロディとしても成り立っている。一筋ではないマンガで、
かといって歴史的事実に可能な限り進めていくという、ようこんなもの書けるわというマンガだね。

有名なボーボワールの「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉の中の女を男に変えると、社会的存在としての男がそのように強いられることによって成り立っているとも言えるね。女でもその要件を満たせば社会的存在としての男の立場に立てるということを証明できる。逆に男も社会的存在の女の立場になることができる。

そういったことを証明しているマンガでもあるんだね。

ちょっと頭が古い男たちには、このマンガは不快になる要素が多いかもね。
逞しくてきぱきと仕事をこなしていく女と、影でじめじめめそめそする男。
現実社会もだんだんこのようになっているのかもね

この巻では、権力維持に影で奔走する春日局と家光と有功の恋の始まりの物語で、次巻へこの物語は続いているね。
いつ3巻はでるのかな。待ち遠しいね。

あっそうそう
このブログの過去に書いた「大奥」の一巻の感想が、一番このブログで読まれている記事みたいだ。
おそらくテレビの「大奥」と間違えて検索して訪問してしまったのだろうね。

このブログは主にライトノベルの感想。時々マンガの感想を不定期に書くブログですよ。
間違って訪問された方御免なさいね。

月館の殺人(マンガ)
月館の殺人  画 佐々木倫子  原作 綾辻行人  集英社

あの「動物のお医者さん」「おたんこナース」の佐々木先生の最新作が本屋で見かけたので買って読んでみた。

ほとんど先入観なしで読んでみたけど、かなり濃い話で、佐々木先生のマンガでの耐性がある人以外は、抵抗があるようなものだったね。
でも、「動物のお医者さん」なんかは、何千万部も売れているので、日本人の多くは耐性があるのだろうから、普通に読まれているのかな。
そうだとしたら、日本人はかなり変わった民族なのかも。

マンガだけど、ミステリーなので、内容について触れない方がいいのだろうね。
でも簡単に言えば、鉄道おたく殺人事件。

濃い蘊蓄満載。
佐々木先生独特の歌舞伎の決めポーズみたな絵が、毎ページ出てきて、何でここまでサービスするのというくらい。

つまりは、ちょっとうっとしいかも。

でも繰り返し読んで味わえるという意味ではいいのかもね。

自分が好きなキャラクターは、弁護士の中在家さんと空海さんのおかあさん。
この人たちをフューチャーして物語が出来るくらい面白い存在だ。
他面白人物満載。
イヴは夜明けに微笑んで
イヴは夜明けに微笑んで   細音啓  冨士見ファンタジア文庫

ネタばれがあるかも知れないので、きになる人は読まないでください。

内容は、ちょっと不思議なボーイミーツガールというところなのかな。
夜色名詠式という五色の体系化された名詠式を取得しようとする少女と、五色全ての名詠式を取得しようとする少年が出会い。どちらがそれ先に取得するという約束するところから、この物語は始まり、後年その少女の息子がその少女が学んだ学校に入学するところから本編が始まる

この本は、魔法を発動する名詠式が、独特で素敵だね。それぞれが詩編になっていて、その言葉も
彼方(あなた)の名前を讃えます。
とか美しい言葉で語られていてついついうっとりしてしまうね。

でも、この巻での話は、大きな波はあるけど、ちょっとご都合主義的な結末になっていたかも。うっかり功を焦った少年が、危険な触媒を発動させ、魔法が暴走というのは、それほど大きな話ではないのかも。

続編があるらしいので、そこから本当の物語が始まるのかな。

飛びトカゲことアーマも魅力的なサブキャラでいいし、イラストはあの竹岡美穂さん。
イラストでもうっとりかも


五千ヒット感謝します。そして雑感
このブログも5000ヒット達成できた。
訪問された人感謝します。

不定期でなかなか更新しなかったりすることがあったりの我が儘ブログですが、ここまで続いたのは自分自身が驚いていたりして、

マンガ、ライトノベルの読書感想を書くという目的のブログなので、本を読まないと更新できませんねえ
それに、遅読なので、毎日更新などはとうてい無理。
ぼちぼちやっていきます。
一日平均20ヒットくらいか、それくらいが気楽で良いと自分は思っています。

自分のライトノベル歴は、一年ちょっと。
まだまだ読まないといけないなあと思っている本は多いし、自宅に積んでいる未読の本の山には、ちょっとびびってますね。
読み始めた頃に無軌道にいろいろ買いすぎましたね。

ライトノベルの感想サイトなどをいろいろ覗いていて感じることは、なかなか自分と同じ趣向の人はいないなあということかな。
でも浩瀚にいろいろ読んでいる人は結構いて、いつも感心しています。

自分がよく訪問するサイトは、3,4くらいかな。
その人たちのサイトを軽く覗いて、どんな本が面白いか目星をつけ、本屋で実際手に取り購入することが多いですね。
そして読後に、もう一度その信頼できるサイトのその本の感想を読む。
大体こんな感じでやっています。

でも最近は、好きな作家がいろいろ出来て、その作家さんの新刊を追うだけで、一杯一杯になったのかも。

自分が新刊が出来たら必ず買おうと思っている作家は、
定金伸治先生、月見草平先生、深見真先生、片山憲太郎先生
この4人かな
後。「文学少女」シリーズ、「学校の階段」シリーズ、「神様のおきにいり」シリーズも新刊が出たら必ず購入しようと思っていますね。

他には、自分にとって別格の存在として「流血女神伝」「マリア様がみてる」がありますが、
「流血女神伝」は去年「喪の女王」の3巻くらいまで一気に読んで、その後が読みたくて仕方ないという禁断症状に陥ったので、全巻完了後にその後の話を読もうと思っていいます。
「マリア様がみてる」は、全体通しても3,4回は読んでいるくらい好きなシリーズですね。カルトQに出られるくらい読み込んでいるかも。
これは、いつまで引っ張るねん。終了まで後、何巻あるんだ。何年後だ。
という気もしますが、永遠に終わって欲しくない気もしますので、このままで自分は良いと思っています。

ライトノベルとは、何か

そういったものについても色々考えたり、その系統の本も読んでみたりしたりしたのですが、
個人的に好きな本を読んで、勝手に定義付けすればいいという結論になりましたね。

これが凄い。これは傑作だ。
逆にこれは駄目だ。駄作だ。
と言って区分けしても、実際読んでみるとそうでないことがあることが多々あるのが、このジャンルではないのではないでしょうかね。
自分が好きなものは、好きという自分の趣向、趣味にできるだけ忠実であるころが、充実した読書生活なのでしょうね。


マンガは、出版される9割以上の本が、現在の自分には面白いものではないことになっています。
だから、マンガ喫茶で一心不乱で没頭できる人が、自分には羨ましいです。

昔はマンガだったらなんでも面白いと思っていたのに、なんなんだろうと思ったりしますね。
これが年を取るということなんだろうと思ったりするんですね。
勢いのあるマンガを紡いでいけるというのは、若さが必要じゃないですかね。
もちろん、大概のマンガを読んで、頭では面白いとは思うのですよ
こういうことを言っていて、へえとか思ったりもしますよ
しかし、マンガを読み面白いと思うのは、どこか没頭しているという酔っているような感じのある面白さだと思うのですね。
そういった自分にとって、没頭できるマンガが少なくなりました。
悲しいことですね。

今暫くこのブログは続けたいと思いますが、ずっと続けていけるとは自分は思っていませんので、辞めるときは、静かに消えていくと思いますね。
学校の階段 4
学校の階段 4   櫂末高彰  ファミ通文庫

ネタばれがあるので、気をつけてください。

4巻の内容は、突然退部を申し出た三枝と、三枝を引き留めるため、部員全員との階段勝負といったところだね。

ここでは、階段勝負が大きなウェイトを占めており、この物語らしいさが良くでているのかも。
三枝の過去からの日記をところどころ挟んで進行していく展開は、「文学少女」シリーズによく似ているねえ。話が少し暗いところもね

「学校の階段」映画化決定と帯にあるけど、本当なのかな。
この物語の主人公は神庭くんだけど、ヒロインは誰なのかな、部長の九重ゆうこさん、天ヶ崎泉さん、美冬さんそれとも大穴で希春姉さんになるのか

ここでもちょっと抜き出してみよう
・天ヶ崎は何となく見城のことを「表裏のない人」だと認識している。「言いたいことをはっきり言う人」だとも。そんな彼女が「みんなが気にしている」などという言葉を使う。天ヶ崎にとっては収まりの悪い物言いだった。彼女は無責任に「みんな」という実体の感じられない言葉を使ったりはしない。そう思っていたのに、目の前の彼女は本当に言いたいことを隠して、誤魔化すような物言いをしている。

見城さんと三枝くんのこれからも気になるわね。

神様のおきにいり 3
神様のおきにいり 3  内山靖二郎  MF文庫

この話も3巻一気読みしたので、3巻の全体的な感想を簡単に書きます。

結論を最初に言えば、自分はこの物語をかなり気に入っています。

妖怪、ハーレムラブコメと言うべき内容だけど、それだけでは収まらないものがこの物語にはあります。
3巻の「ぬれおんな」では、単純な妖怪たちへの接近は、この主人公智宏にこっぴどい仕打ちが起こり、家神の珠枝の怒りが出るところなどは、そういった部分なんだろうね。
そして上手くいっても、単純にそれまでの和気藹々の仲間たちへのところに帰るところを敢えて、描かないところも、余韻とかそういったものを作者が尊んでいるのかなと自分は思ったね。

登場人物には、楽しい妖怪が出てくるのも面白いわね。
特に、桜の精の好香とヤタカラスの末裔のコヒロは面白い存在だわね。
焼き肉を食べたり、海水浴する桜の精というのは、違和感はあるけどね。

そうそうこの物語のイラストも良いよね。
可愛らしくてね。

ここでは、いろいろ全体から抜き出してみると
・他のものを犠牲にして生きることは、おまえたちのような限りのある命を生きるものの特権だ。ワシらのようなものには、あまり相応しい生き方ではない。それでも、おまえはワシにこいつを食えというのか?

・「腰、なにそれ?」
「腰振ると、稲村様が喜びます」
きょとんとしている真希に、コヒロは座ったまま腰をクイクイと動かして言った。
「……あんたたち、二人で何してたのよ?」

・そいつのことをよく見ることだ。見ることで相手の正体は定められ、力がそがれることになる。手出しは無用だ。そいつのことをよく見て、理解しろ

・彼らに関わり過ぎれば、それだけ人の世との関係が希薄になる。人間には器が決められているから、ふたつのものを手に入れようとすればどちらかが溢れる

・「別に妖怪にしなくてもいいじゃないか!」
「だって……人はすぐにどこかに行ってしまうもの」



ヤングガン・カルナバル 愛しき日々、やがて狩の季節
ヤングガン・カルナバル 愛しき日々、やがて狩の季節   深見真  徳間書店

この本は、ヤングガン・カルナバルシリーズは7冊目。
自分は、この7冊を一気読みした。一冊づつ感想を書きべきだけれども、簡単に全体的な感想を書きます。

面白すぎたので全部読んでしまったんだけど、大波、小波に揺られるような思いをしたね。最後の2巻ぐらいまでくると、酔ってしまう感覚になったね。まあ良い意味ので酔いの他、悪酔いする感覚もあったかも。
この物語は、今から更に大きな展開が待ちかねているみたいだ。
次巻が待ち遠しいわね

内容は、巨大な敵に立ち向かう2人の若い殺し屋の話と言えばいいのかな。

この話の魅力は、敵役の悪人の多彩さかな。小者から大物まで、いろいろなタイプの悪人が出てくる。中には余りにも悪人の行為が悪辣で残酷なので気持ち悪くなるなるときもあったね。

日本人の書く話は、勧善懲悪の物語でも悪人には、その境遇で悪くなっという部分をだし、同情すべき面もあるなんていうことが多いけど、この話では、境遇の不幸があっても正しく強く生きる者もいれば、甘やかされた境遇で悪に手を染める者もいれば、最初から悪そのものでしかない者も出てくるね。

絶対的悪の存在の容認と、それらに対する罰を行う存在としての主人公たちの存在の正当化。
こういうことをここまで徹底して描けるのは、日本では実は少ないのではないかな。
残酷な事件も多く起こっている今の世相では、説得力がかなりあるし、これからの日本はもっと犯罪の多い世の中になるはずだから、こういう人知れず正義を行う者を待望する声も多くなるだろうね。

話をこの物語そのものに戻すと、
主人公たちが強すぎるわね。それに2人の男女のそれぞれの恋愛もからめるというかなり贅沢な話の進め方をしているよね。
まあ、かなり個性的な展開をしている物語だわね。
だから、万人向けではないのかも、