影法師

自分が読んだ本の感想を書くブログです。
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不可解な失恋に就いて
 安吾先生の小説って本当に面白いですね。
この小説では、つかみのところでは

・ 恋情の発するところ自然にして自由なるべきものが、然し決して自由ではない。このことほど型を逃れがたい、又自らの姿勢を失い不自由なものはほかに少ないようである

とあります。
これでは、ただの立派な言葉なんですが、
この話は

・ 私の知人にもう五十を越えたAという絵の先生があった。三十名近い女弟子がいる中から、いつも五六人の美少女を引率れて盛り場をぶらついている先生で、その時の様子は甚だ福々しく楽しそうで、我々がそれらの美少女の一人に恋をしない限り、決してそういう先生の姿を憎むことはできない。

憎むことはできないとありますけど、美少女をネタにした話であることは、示されていますね。

先生が美少女の一人に恋をし、あえて散歩に快活で麗しい青年どもも連れていくようになる。
結果は、分かり切っていますわね。
先生の恋する美少女が青年と結婚してしまう

先生が何故青年たちを散歩の共にしたんだろう。
その謎を考えるのが、この話なんですね。

そんなもの知らんわいなどと言ったらいけません。
そこに実に滋味深い安吾先生の考察があります。
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