影法師

自分が読んだ本の感想を書くブログです。
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天璋院篤姫
天璋院篤姫    宮尾登美子   講談社文庫

次年度のNHKの大河ドラマに決まった「天璋院篤姫」を読んでみた。
なんてたってあの朝の連続ドラマに主演していた宮崎あおいさんが主演しているらしいのでね。自分はミーハーなのだ。

読んでみると、歴史史実を踏まえた、読み応えのある小説で、細々したことが多く書かれていて、自分みたいなミーハー読者の中には、挫折した人は多いかも。

読後ちょっと調べてみると、この篤姫を主人公にしたドラマ「大奥」というものがあったらしいね。篤姫自身に興味が湧いたので、出来ればそれも視てみたいわね。

薩摩藩の分家出身の篤姫は、いろんな政治の思惑が行き交う幕末の時代に、十三第将軍家定に嫁ぐ。しかしその家定は、体は弱く不能者でもあった。この家定が亡くなるところまでが、前半で、この本では半分の著述がある。
そして次期将軍には、皇室から嫁を迎えることになる、その皇女和宮との葛藤(というより勝手に女中たちが、いがみ合っているだけなのかも知れないが)を描いたところが全体の三分の一。
最後の六分一の著述では、大政奉還、江戸城明け渡し。在野に下ることになったこと。明治になって、本当に和宮ともうち解けることができ、清貧な生活を送り、亡くなるところまでを描いていたね。

こういうところかな。
この本で、どこが自分には、面白かったのは、将軍家に嫁ぐことが決まり、鹿児島の本家の篤姫付きの侍女の幾島と出会い、その後の幾島と篤姫の関係かな。
最初は、なんか値踏みするみたいな態度でいながら、篤姫が、学問好きでそれに熱中して、先生に褒められたりするところとか、その素直な心性に触れてくるにつれ、序序にうち解けてくる。
この二人の関係は濃密で、お互いトイレに行くとき以外は密着するというようなもの、凄いわ。
そして大奥へ。篤姫が褒められれば、自分も鼻高々になるこの幾島さん、面白い。
ここは、ドラマ化したら、世のおばさんのツボになるのかも。
おっさんの自分もツボだ。
幾島さん。サイコー。

篤姫は、十四第将軍の家茂をその次ぎの将軍の慶喜が暗殺していたと考えていたらしいね。なので、慶喜に対しても、この本の著述は冷たいね。作者の宮尾さん自身が、その子孫に直接聞いたことで、信憑性も高いのかも。

自分がこの本を読んで感じた篤姫さまのイメージは、やさしい人ということかな。
実父、実兄とも身体虚弱。実母は、子供たちに大名家にしては珍しいくらい家庭的な人だった、そういう環境に育った篤姫は、自分は身体頑強であったが、身体弱気もの、身分の低いものに対するいたわりの気持が、年少の頃からからあり、その人を思いやるという気持が、幕末の殺伐とした時代には輝くものがあったのだろうね。
でも、本人は必ずしも幸せだと言えないのが、辛いわね。



いろいろ抜き出してみると

・女子はどうせ生まれた家で死ぬるはずもない故。死場所はいずこであろうとそれは親の思い及ぶところではない。

昔の女性は厳しいところで生きていたんだね



・女子が内助の功をあげるには、奉公人をうまく収めることが肝心ですぞ。そのためのは、いつも気を確かに張っていなくてはならないが、これはいつも一人ぼっち、という感にじっと耐えることでありましょうなあ。

篤姫の母の教え。そのままの一生になってしまった。



・これよりのち、姫君さまにはご不快とは存じますものの、私が福相のこのこぶを道連れにいたします限りはきっとよい御武運が開けるものと、おそれながら信じております。ご安心遊ばしますように

幾島さん登場。いいぞ幾島さん。



・上の方は、ただの一瞬たりとも、一人でおいで遊ばすということはありませぬ

幾島さん。あんたはストーカーか。



・このこぶの、叱言婆さまの、まるで自分の仇の子とでも見ているようなきびしさに、いまにきっと勝ってみせる、という烈しい敵愾心を捨ててなるものかと考え、またもとのようにじっと目を閉じた。

幾島さんなんかに負けるな。篤姫さま



・聡明にして温和、人との応接も機智に富み、学問深し。かくなる姫を御台所に迎うるは、徳川家に取りても幸福というべき也

松平春嶽の実際の篤姫評。いつしか人格者になってしまった篤姫さま



他いろいろ抜き出せるのだが、実際読んでみると、篤姫と、その女中たちとの関係が、自分には一番面白く感じたね。
幾島さんの次ぎは、滝山さん、唐橋、重野と個性的な人が出てくる。
そういう人を懐柔して大奥の一致団結を図るのは、ただ者ではできないわね。

機会があったら、女中たちとの葛藤、諍いをもっと記事にしたい気もする。
でも、この本は、そういうことを訴えて書かれてはいないわね
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篤姫天璋院(てんしょういん、天保6年12月19日 (旧暦)|12月19日(1836年2月5日) - 1883年(明治16年)11月20日)篤姫は、江戸時代後期から明治の女性で、江戸幕府13代将軍徳川家定の正室である。父は、薩摩国(鹿児島県)藩主島津家の一門・今和泉領主島津忠
あゆみのブログ | 2007/09/29 4:54 AM