影法師

自分が読んだ本の感想を書くブログです。
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津軽
 太宰治     岩波文庫


昔から気になっていた太宰の小説を読んでみた
これは、小説というより紀行文なのかしら

この本で一躍、津軽は、日本の中でも、密やかに気になる土地になったと言えますねえ
個人的には、「マリア様がみてる」の祥子様の夏休みの課題図書になってましたね

この小説の主眼は、津軽とはどういうところか、自分のバックボーンに何があるのかを探索する旅のようであるのですが、ご馳走ばかり頂いていて、一種のグルメ紀行のようです
戦争中にこんなことをしていていいものなのか、という疑問がフツフツ浮かぶのですが、太宰先生は、唯我独尊我が道を行っておられます
敢然と堂々と、愛着がある地を闊歩し、自分を正直に見つめ直すと、それは、それは。立派な行いのように思えます
誰しも、敢然と自分の行く道を闊歩し、友人に蟹をご馳走になり、舌づつみを打ち、育ての親とも言うべき人に会い、感興に耽る。そこに大いなる意味を見つける。
何か知らないけど、人生における大きな意味を見出したような気がします
それで、いいのかしらと、一抹の不安も覚えたりもしますけどね

・ 世の中の母というものは、皆、その子にこのような甘い放心の憩いを与えているものだろうか、そうだったら、これは何を置いても親孝行をしたくなるにきまっている。そんな有難い母というものがありながら、病気になったり、なまけたりしているやつの気が知れない。親孝行は自然の情だ、倫理ではなかった
富嶽百景
  太宰治     岩波文庫


富士山が世界遺産になったこともあるし、自分が未だに読んでいない本を読んでみようという気持ちもあって、手に取ってみました

短い話なので、さくさくっと読めてしまうのですが、そこで語られている太宰ワールドに入るのは、ちょっとした異和感を覚える人もいるでしょうね。 自分のその一人だったと思うのですが、個人的に思い悩むことが、最近多々ありまして、この世界へ入ることができたようです。

・ 私には、誇るべき何もない。学問もない。才能もない。肉体よごれて、心もまずしい、けれども、苦悩だけは、その青年たちに、先生、と言われて、だまってそれを受けていいくらいの、苦悩は、経て来た。ただそれだけ。藁一すじの自負である。

太宰が、才能もないと言い切ってしまって、それで、同意する人は、ほとんどいないのですが、その当時何も持たず、何も何遂げていないという感のある青年の言葉としては、非常に説得力があります。

富士山は、世間的にも、美しい。でも、その世俗的な美しさは、受け入れ難く、そっぽを向きたくなる。
それでも、腐っても鯛。完全な美しさに対して、笑ってしまうだけになってしまうような存在感。
自分の身辺に色々な新しい出来事が起こりそうな予感。
そそっとした日常。そして、いたずらも少し。
楽しそうに日々が過ごしているようです、原稿の枚数は進んでいるとは、言えそうにはないのですけどね

十五の娘さんの言葉に

・ これは、人間の生き抜く努力に対しての、純粋な声援である。なんの報酬も考えていない。私は、娘さんを、美しいと思った。

前に物語は、進んでいますね
何か知らないけど、幸せを感じさせる話だと思います、
女神
女神    太宰治    新潮文庫 


今日放送していた「ためしてガッテン」で、速読術を取り扱っていた。
 そこで、いかに早く読めるのかということで、速読術の達人と、一般人との比較をする為のテキストとして、太宰治の「女神」が使われていた。

達人たちは、この小説を1分半くらいで読んでしまうのに対して、一般人は15分くらいかかっていた。

そこでおもむろに、自分がこの小説を読むとすると、どれくらいで読めるのだ。
そこで、我が家の書棚にあった太宰治の本を探して、中の短編を見つけた。
自分には未読の小説だったので、条件は同じ。いざチェレンジ。

6分でした。
速読術などというものは、身につけていないけど、それなりに本を読むのを趣味としている者としては、微妙な結果ですね

折角読んだ「女神」の感想は、

他愛もない話ではありますね。
戦後の価値観の転換の時代における、戦争中、人には言い知れぬほどの苦労をしたに違いない男が、狂人になってしまうのだが、その妻はそういう男を見捨てず、迎え入れているという話です。

そういう時代があった、そういう人たちもいたということで、その時代の雰囲気を上手く抽出しているとは言えますが、それでどうなんだ。
と言われると、答えるのが難しい話ではあります。


話を戻して、速読術のことなんですが、
一番のキーは、

読んではいけない。

本の字面を追っては、早くは読めないということですね。
確かに、小説を読んでいると、興味が出てきたらフレーズごとに、飛んでよんでいるかのようになります。
それを、意識的にすればいいということなのか。

気になったことは、専門書とかで、一字一句の語彙を正確に捉えなくてはいけない場合は、邪魔になるかも。
その辺は、各人が使い分けをしなくてはいけないのでしょうね。
でも、有益な知識であるには違いないですね。
今回の「ためしてガッテン」を見逃すと損をする内容だったのかも。
正義と微笑
パンドラの匣    太宰治    新潮文庫 


この本に所収されている、もう一編の話を読んでみた。

この本は、ある少年が、自立していくまでの己の道を探していく話でありますし、兄弟姉との繋がりも描く家族小説でもありますね。

十代後半というのは、誰も奇妙な考えに取り憑かれ、風変わりだとも言えるんですね。
主人公の進くんは、その中でも飛びきりおかしいですね。
つっぱり少年の内面というのは、今も昔もこのようなものなんですかねえ。
不良少年には、特に薦めてみたい本ですけど、圧倒的に女性受けしそうな話でもありますね。
その勘違いぶりの可愛さは、堪らなく素敵。と女性たちの心の深くに届いていきそうです。
男の末席にいる自分などは、おいおいそれは、ちょっと違うんですよ、あなた。
と言いたいのだけど、作者は、そういう構造を分かってやっているのね。戦前、戦中も、今と同じような青少年が、そこにいたとも言え、昔の若者にも血の通った、繋がりを持てそうに感じます。

俳優を目指す進くんのストーリーよりも、面白言葉満載の話ですね。
全部抜き出したいくらい、破壊的言葉に満ち溢れています。溢れすぎだぁ。


・ 十六から二十までの間に人格は決定される

今が大事な時なのだ。立志の時であります。


 快晴。朝、姉さんに、坐ってちゃんとお辞儀をして、さっさと登校。お辞儀をしたら姉さんは、進ちゃん! と言って。すすむ、とお母さんが奥で呼んでいたようだったが、僕は、靴の紐も結ばずに玄関から飛び出した。

結婚するお姉さんとの別れの場面。
涙腺が緩みました。


・ きょうから漱石の「明暗」を読みはじめている。暗い、暗い小説だ。この暗さは、東京で生まれ東京で育った者だけ、わかるのだ。そうにもならぬ地獄だ。!

東京人しか分からないのかどうか、試しに「明暗」読んでみようかな。


・ 恥よ! 芹川進。お前の日記は、ちかごろ、だらしなさが過ぎるぞ。知識人らしい面影が、どこにもないじゃないか。しっかりしなければならない。お前の大望を忘れたか。お前は、すでに17歳だ。

恥じる必要はないよ進くん。と本に向かって呼びかけてみた。


劇団の試験で、

・ 「役者の、使命は、何か!」

と問われ、進くんの答は、秀逸ですね。
臥せておこう。
そしてファウストの一節の朗読を言い渡されるのだけど、そこのところは、

 ひゅうひゅうだの、ぎゅうぎゅうだの不愉快な擬音ばかり多くて、いかにも悪魔の歌らしく、不健康な、いやらしい感じで、とても朗読する気が起こらなかった。落第したっていいんだ。「ほかの所を読みます」

だって。そして他のところを読みます。
度胸があるのか、バカなのか分からないひとですが、進くんは大望を持って自立を目指しているから、これでいいのでしょう。

・ 七色の虹の
常なき姿が、まあ、美しく空に横たわっていること。
はっきりしているかと思えば、すぐ又空に散って、
匂いある涼しい戦をあたりに漲らせている。
此の虹が、人間の努力の影だ。
あれを見て考えたら、前よりは好くわかるだろう。
人生とは、彩られた影の上にある


進くんの心中を写しているかのよう。
彩られた影の上。だって何か知らないけど奥深い言葉だ。


・ 「大事なのは、才能ではなくて、やはり人格だ。」

と劇団の人に言われるのだが、


・ 僕には才能があったのだ。人格は無いけれども、才能はありそうだ。

と喜ぶ。そこでどうして喜べるのか。そこが可愛いし、青少年なんだから、としか言えそうにないのですね。
兄は、そういう弟を見て理解を示し、合格するだろうと言う。
その辺の呼吸に、仲の良い兄弟の姿を見、本の背表紙をすりすりしたくなった。


・ 今夜は、兄さんと、とてもつまらない議論をした。たべものの中で、何が一番おいしいのか、という議論である。いろいろ互いに食通振りを披露したが、結局、パイナップルの缶詰の汁にまさるものはないという事になった。桃の缶詰の汁もおいしいけど、やはり、パイナップルの汁のような爽快さが無い。

だって、どこが食通なんだ。
この兄弟は仲がいいですねえ


・ 幸福の便りといものは、待っている時には、決して来ないものだ。決して来ない。友人を待っていて、ああ、その足音は?なんて胸をおどらせる時には、決してその人の足音ではない。そうして、その人は、不意に来る。足音も何もあったものではない。全然あてにしていないその空白をねらって、不意に来る。不思議なものだ。
パンドラの匣
 パンドラの匣    太宰治    新潮文庫


「パンドラの匣」を読んでみた。

読み始めて最初の方は、何がどうなっているのか、さっぱり分からなかったのですが、途中で、結核療養所における療養生活を描いたものなのだと分かった。

陽気な患者もいるもんですね。
ひばりくんは、口が達者なんだが、周りの状況は死に溢れており、戦局も芳しくもなく、荒んだ状況なんだとも読み取れます。すると、そこはかとなく行間からは、悲しみも漂ってくるよう。
でも、明るいですねえ。陽気だわ。

気になる看護婦さんの描写から入ります。


・ 塾生たちに一番人気があるのは、竹中静子の、竹さんだ。ちっとも美人ではない。丈が五尺二寸ぐらいで、胸部のゆたかな、そうして色の浅黒い堂々たる女だ。

美人ではないと言いながら、胸部が大きいだって、
ワクワクさせます。実にいいですよ。


・ 葉がまっしろで、とても涼しく感ぜられる。からだが大きいから、看護婦の制服の、あに白衣がよく似合う。それから、たいへん働き者だという事も、人気の原因の一つになっているかもしれない。とにかく、よく気がきいて、きりきりしゃんと素早く片づける手際は、かっぽれの言い草じゃないけど「まったく日本一のいおかみさんだよ。」

今やってる朝の連続ドラマの翼さんみたいですね。
ひばりくん、しっかり分析しているじゃん。
対してもう一人のマア坊は、


・ 丸顔で色が白く、まつげが長い二重瞼の大きい眼の大きい眼尻が少しさがって、そうしていつもその眼を驚いたみたいにまんまるく瞠って、そのために額に皺が出来て狭い額がいっそう狭くなっている。滅茶苦茶に笑う。金歯が光る。

そしてやはり


・ 美人ではないが、ひどく可愛い。仕事もあまり精を出さない様子だし、摩擦も下手くそだが、何せピチピチして可愛らしいので、竹さんに劣らぬ人気だ。

美人ではないが、ひどく可愛い。だってツンデレですね。ひばりくん、ですが、ちょっとおっさん入ってません、若者の吐く言葉ではないかも。

ドキドキの入院生活なんですぅ
でも、戦時中なので


・ ごはんというのは、たとい量が不足でも、明るい気持ちでよく噛んで食べさえすれば、充分栄養がとれるものなのだ

それをそのまま取ることはできませんわね。
明るい言葉の裏に、意味があふれています。
隠喩ということなのでしょうか。



・ 人間は死に依って完成せられる。生きているうちは、みんあ未完成だ。虫や小鳥は、生きてうごいているうちは完璧だが、死んだとたん。ただの死骸だ。完成も未完成もない、ただの無に帰する。人間はそれに較べると、まるで逆である。人間は死んでから一ばん人間らしくなる。

名言なんですが、複雑ですね


・ 死と隣合わせに生活している人は、生死の問題よりも、一輪の花の微笑が身に沁みる。僕たちはいま、謂わば幽かな花の香にさそわれて、何だかわからぬ大きな船に乗せられ、そうして天の潮路のまにまに身をゆだねて進んでいるのだ。

一輪の花の微笑が身に沁みる。
自分が死の床についたら、こういう言葉を言えるのかしら。 
ドキドキ入院生活は、どうなるのか。
本を買って読みましょうね。
あんなことや、こんなことをやています。


・ 僕はみんな愛している。きざかね。

きざですよ。ハハハァ。


・ 献身とは、ただ、やたらに絶望的な感傷でわが身を殺すことでは決してない。大違いである。献身とは、我が身を、最も華やかに永遠に生かす事である。人間は、この純粋の献身に依ってのみ不滅である。しかし献身には、何の身支度も要らない。今日ただいま、このままの姿で、いっさいを捧げたてまつるべきである。

この言葉は、この話を読むと、噛みしめることができますね

視点・論点「太宰生誕100年・走れメロス・津軽版」 について
趣味の園芸を見て、そのままテレビをつけていると
「視点・論点」という番組で、太宰治を扱っていた
 今日は桜桃忌で、太宰治の100周年らしい

津軽弁で、太宰の文章を読むことを扱っています。

言葉は生まれて13年くらいで形成。
言語形成期にどっぷり津軽弁で育った。

太宰の訛りくらいを論じております。

訛りは直されたらしいが、津軽語の片鱗はあるらしい。

すすぃと前に
むすぃ、むすぃ

太宰の文体、句読点に影響があるらしい。

そして津軽弁の「走れメロス」
を披露された。

意味が聞き取れません。
肉体に疲労回復してさ
にゅつぼつまで、まだ……

書き取れません。

津軽気質の農民にメロスがなり、より親近感が湧く
おわかりになりましたか。

その点は、この番組を見た上では、保留です。
普通に標準語で、「走れメロス」を読んだほうが良い、と言ったら身も蓋もありませんね

斜陽
斜陽     太宰治     角川文庫 


本屋では、新潮文庫、角川文庫、集英社文庫と三社の文庫があった、昔は絶対新潮文庫だったのですが、自分にとっては、角川の活字が馴染みました。
最近は角川系ばかりお世話になっているからなんでしょうね。

斜陽は、ストーリーは重苦しく、登場人物もお母さまには共感はしますが、かず子にも直治にも感情移入はできにくいですね。
世の中は、戦後の激動時代。たおやかな元貴族のかす子は、その荒波に乗り切っていけるのか。お母さまも直治も亡くなってしまった。
大きな岐路を描いている小説ですね。
人生どうしようもないこともある、そこで立ち上がるのが人というのであれば、人らしき雄々しく立ち上がったかず子は、しっかりしなくてはいけないのですが、大丈夫なんでしょうか。
参考にしたらしい、チェーホフの桜の園とかでは、新時代の息吹と若々しい時代も感じさせる話だったように自分は記憶しているのとは、異質とは言えそうです。桜の園では、窓を開けて颯爽と出ていくとようなイメージと違い、斜陽における新時代はまだ訪れていませんね。暗闇ですね
かず子には、明るさがあるのでなんとかなるでしょう。と思いたいものです。

というストーリーよりも、面白言葉満載のおいしい話です。


・ ああ、お金がなくなるという事は、なんというおそろしい、みじめな、救いのない地獄だろう、と生まれてはじめて気がついた思いで、胸がいっぱいになり、あまり苦しくて泣きたくても泣けず、人生の厳粛とは、こんな時の感じを言うのであろうか、身動き一つできない気持ちで、仰向けに寝たまま、私は石のように凝としていた

元華族のかず子さんの苦労は偲ばれますね。


・ どうせほろびるものなら、思い切って華麗にほろびたい。火事を出してそのお詫びに死ぬなんて、そんなみじめな死に方では、死んでも死に切れない。ともかく、もっと、しっかりしなければならぬ。

その通りですね。


・ 筋肉労働、というのかしら。このような力仕事は、私にとっていまがはじめてでない。私は戦争の時に徴用されて、ヨイトマケまでさせられた。いま畑にはいて出ている地下足袋も、その時、軍のほうから配給になったものである。地下足袋というものをその時、それこそ生まれてはじめてはいてみたのであるが、びっくりするほど、はき心地がよく、それをはいてお庭を歩いてみたら、鳥やけものが、はだしで地べだを歩いている気軽さが、自分にもよくわったような気がして、とても胸がうずくほど、うれしかった。戦争中の、たのしい記憶は、たったそれ一つきり。思えば、戦争なんて、つまらないものだった。

長々引用してしまった。この本で自分が、一番気に入ったフレーズなのかも。


・ 他の生き物には絶対なくて、人間にだけあるもの、それはね、ひめごと、といものよ。いかが?

昨日の番組でも取りあげていたのかな。お母さまの言葉、実におしゃれですね。


・ 幸福の足音が、廊下に聞こえるのを今か今かと胸のつぶれる思いで待って、からっぽ。ああ、人間の生活って、あんまりみじめ。生まれて来ないほうがよかったとみんなが考えているこの現実。

幸福の足音は、自分もよく聞こえるような気がしますが、からっぽ。多いでね、確かに。


・ 人間というものは、ケチなもので、そうして、永遠にケチなものだという前提がないと全く成り立たない学問で、ケチでない人にとっては、分配の問題でも何でも、まるで興味のない事だ。

経済学のことなんですね。ケチじゃないと経済は分からないものなんでしょうね。確かに


・ あなたは、更級日記の少女なのね。もう、何を言っても仕方がない。

かず子さんにこの言葉を言った少女って誰、興味あります。



・ ご無事で。もし、これが永遠の別れなら、永遠に、ご無事で。バイロン。

この少女。おっしゃれですね。
ご無事で。バイロン。これから暫く挨拶として使おうかな。
歴史秘話ヒストリア「絶望するな ダザイがいる〜太宰治 大傑作「人間失格」誕生秘話〜」について
 歴史秘話ヒストリアでは、今回は太宰治を扱っていましたね。
全国の数多くいる太宰ファン必見の放送かも

自分は太宰を余り知らないので、番組を見ると、ふむふむと頷くばかりでしたね。

太宰の空回りの始まりでした。
で番組ははじまりました。

同棲発覚、心中事件を起こし、相手の女性のみ死んだことが、太宰が文学にのめり込むことの原因だったのですね。
「人間失格」と同じですね

そこで芥川賞が欲しいというところが、現世利益を求めることが、面白いですね。
川端康成が、作品の評価よりも、人間性で落とされたと思い憤った。
なんとしても芥川賞を。
やっぱり次ぎも落とされる。

そこで薬物に手を出す。
自己意識が骨がらみになっている。と言われてしまう。
かって反発した川端康成にも懇願。

その次ぎの芥川賞では、候補者にもならなかった。
みんなで俺をいじめているのか。と思ったらしい

何をやっても空回り。

芥川賞を取って実家に認められたい。
のが原因らしい。
大きな生家。斜陽館。行ってみたいですね。
ボーリングをしたら、2レーンくらい取れる土間ですって。
行ってみたいですね、青森。

津軽地方で最も上品な家計に数えられていたのであろう。
ところで育ったのですね。

そして太宰も家族を持つことになった。

家庭は努力であると信じます。
貧しくも一生務めます。

果たして太宰はこの約束を守ることができるのでしょうか。
この番組は、お節介ですね。

腰を据えた堅実な生活を目指すことで、しっかりした作品を目指そうとしたらしい
妻は、太宰の才能に幻惑されていた。

いい話ですね。

結婚生活は、太宰に家族の団らんをもたらした。
太宰は良い作品を作ることを心掛けるようになった。
生活も健康的なものに

私は金の卵をかかえる男を抱えていた。

太宰は新しい文体を作り出した。
口述筆記を妻に任せた。
独特の一人語りの文体を作り上げた。

この文体が認められ、仕事が舞い込みだした。
やがて長女が誕生。
職業作家としての歩みを順調に歩みだした。

そこで太平洋戦争勃発。
当時の作家が目指したものと異なる、文学世界を目指した。
ユーモアのものを書いた。
御伽草子とか。

自分の専門科目は愛だ。
戦争文学とは一線を画す。

昭和二十年。大八車で移動。
妻と赤ん坊を載せて、大八車を動かす太宰。
かっての生意気な姿はそこにはなかった。
明るくて前向きでした。

ですが、内面は必ずしもそうではなかった。
かっての自分の姿、結果を性急に求めて犯した罪
それらを忘れてはいなかった。

そして代表作「人間失格」が生まれた。
罪多きものは、その愛大きし。

日本敗戦
日本社会は劇的に変化。
戦争を賛美した者が、躊躇わず民主主義を賛美する姿があった。
戦争に加担した罪がないと考える者には、ついていけなくなった。
罪の自覚を促す作品を書こうとした。

そして「斜陽」
価値観の変わった日本で、貴族の娘が没落する姿を描き出す。
戦争に翻弄される人の姿を描き出した。
人間自ら犯した罪を描き出す作品を送り出すようになった。

「人間失格」
主人公に、太宰自身の罪を暴き出した。
太宰の生活はそこで一変した。
太宰は、なぜ大事にしていた家庭を壊したのか。

人間の罪を描くからには、自分は幸福であってはいけない。

妻は必死に太宰についていこうとした。

自らに烙印を、人間失格であると。
ですが、太宰自身は、主人公は必ずダメだとは断罪はしない
罪を自覚したものこそ、愛を深く知ると伝えたかったのだ。

現実世界でも、人間失格脱稿後、自ら心中事件を起こし亡くなってしまう。

子供を陽気に育ててください。
みちさま。お前を誰よりも愛していました。

人生の幸せとは何なのか
若者に読み継がれている
自分のことのようだったと救われる。

青森県津軽。そこから悪戦苦闘の文学の世界を歩みだしたのだ。
と番組は締めくくっていました。
線路の向こうには、第二の人生を歩みだした甲府がある、太宰は飽きずに眺めていた。
百日紅の木は、太宰の執筆活動を見ていた。
幸福感とは砂金のようなものではないだろうか。


言葉の書取りに、あっちこっち抜けがあったかも知れませんね。
でもこういう感じの放送でした。

良いですね。太宰。
何か知らないけど、太宰が好きになってしまいましたわ。
おそらく、自分の中で太宰タイフーンが吹き荒れそうです。
人間失格

人間失格      太宰治      新潮文庫 

来週の「歴史秘話ヒストリア」では太宰治の「人間失格」を取りあげるということなので、予習の意味もあって今回改めて読んでみました。

実に面白い本ですね。昔から多くの人が熱狂してきたのは分かりますね。自分も昔読んだはずなのですが、全然記憶に残っていません。
人によっては、読むタイミングが重要な本なのかも知れませんね。
若いからといって、読書感想文の課題として読んでみても、万人の心に響くようなものではないのかも知れないですね。

つまりですね。受け身になって読んでも、さっぱりその人に届かない性質を持っている物語みたいです。
この小説の主人公に、何某かの共感を持たなくては、文中の主人公の言葉通り、ただの道化として現れるだけでしょう。

その道化は、一筋縄な奴ではなく、

・ 自分は人間の営みというものが未だ何もわかっていない、という事になりそうです。自分の幸福の観念と、世のすべての人たちの幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安、自分はその不安のために夜々、転々し、呻吟し、発狂しかけた事さえあります。

若者にとっては、誰でも共感しそうな言葉が、この本のはじめの方には散らばまれています。
そこから内面の深化、主人公独自の告白へ綴っていくんですね。
その細い道のりのようなところを、辿っていくと、そこは単純な若者の孤独な話とは言えないような世界になっているんでわね

この物語において、女というのが、難解な生き物と現れ、

・ 女は適度という事を知らず、いつまでもいつまでも、自分にお道化を要求し、自分はその限りないアンコールに応じて、へとへとになるのでした。実に、よく笑うのです。いったい、女は、男よりも快楽をよけいに頬張る事が出来るようです

確かに、女性はそうなんだと自分も思います。
ある時、とんでもなくしつこい存在として、身近に感じる。
そういう経験をする男性は、多いでしょう。

舞台は東京へ、そこで田舎者は、都会人堀木と邂逅する

・ ほんものの都会の与太者を見たのでした。それは、自分と形は違っていても、やはり、この世の人間の営みから完全に遊離してしまって、戸迷いしている点に於いてだけでは、たしかに同類なのでした。そうして、彼はそのお道化を意識せずに行い、しかも、そのお道化の悲惨に全く気がついていないのが、自分と本質的に異色のところでした。

都会に、落ち所を見つけたみたいですね

 何が女に夢を見させる雰囲気が、自分のどこかにつきまとっている事は、それは、のろけだの何だのといういい加減な冗談でなく、否定できないものでありました

主人公は、自分のことを女に夢を見させる雰囲気があると述べております。
勘違い読者でも、多くの人は、自分を女に夢を見させるようだとは思わないですわね。
作者の醒めた目は、安易な読者の追随はさせない。
これは、自分独自の体験なのだということを述べているみたいですね

心中事件を起こし、世間の人たちが、掌を返すかのように変化してしまったのも、主人公には、周知な出来事かのようであります。
かって都会人として、同調することもあった堀木までもが

・ 堀木は、その日、彼の都会人としての新しい一面を自分に見せてくれました。それは、俗にいうチャッカリ性でした。田舎者の自分が、愕然と眼をみはったくらいの、冷たく、ずるいエゴイストでした。自分のように、ただ、とめどなく流れるたちの男では無かったのです。

やはり、そういう奴だったのかということなんでしょうね
でも、再び主人公が、それなりに羽振りが良くなると、再び接近してくるんですね
この二人の関係は、爛れておりますね。
若者にとっては、知らなくてもいい世界でありますわね。
こういうものを、課題図書にしたらいけませんよね

・ 僕は。女のいないところに行くんだ。

実に意味深い言葉ですね。
最後の何ページは、死への助走ですね。
どこぞ甘い香りがします。これが死の香りというものなんでしょうか。実際文中では薬物も扱っております
思念の崩壊現象もありますね
どんどん溶けていってますね

でも悲惨な感じはしないですね。不思議ではあります。

もしかしたら、自分の中で、太宰ブームが巻き起こるかも知れません。